ここは東京都渋谷区のとある道ばた

 

どなたかのお宅に続く路地の途中に・・・

 

なぜかプルトップが!!!

 

平成生まれの人は知らないと思うが、その昔、1980年代にはジュースやビールなどの缶飲料の蓋は取り外し式だったのだ。

写真真ん中にある小さな金属片がまさしくプルトップ。缶飲料を飲むためには、缶上部に張り付いているプルトップを完全に分離することで中の飲料が飲めたのだ。これがポイポイそのあたりに捨てられるのが社会問題になり、今は缶にくっついたままのプルタブになっている。

 

んで、このプルトップがなぜこんなところに落ちてるのか?少なくとも30年前には社会から駆逐されていたものだ。最近落とされたとは考えにくい。なぜならすでに日本にはプルトップは存在しないし、もし30年前から保管してあった缶飲料を飲んだとしても、そんなものを、本当に中身が大丈夫かどうかわからないものを外で飲むだろうか?いや飲まない。きっとその行為は一大イベントだし、さらに中身を確認するため一度コップに移し替えるだろう。完全に屋内である。もっと言うなら現代人がプルトップをそのへんにポイ捨てすることも考えにくい。

となると僕が主張したいのは、そのプルトップは30年前からそこにあったということだ。

人は意外とその場にあるものに注意を払わない。自分の話でいえば、僕が実家にいた20年前、脱衣場の壁に蚊が止まってたので叩いて殺したことがある。壁の素材がパネルではなく、左官屋さんが塗ってくれるような塗り壁だったので、うまく壁の模様と同化してたので蚊の死骸をそのまま壁に貼り付けたままにしておいた。それを先日、僕自身で取り除いた。なんと蚊の死骸は20年もの長い間、その壁の模様として存在していたのだ。しかも高さはほぼ目線の高さである。父も母も妹も、もちろん僕も、蚊は認識していたにも関わらず、誰一人として取り除かなかったのだ。

そのプルトップも、今回、僕が暇だったからこそ強烈に認識し、ブログの記事にまでしました。それでも捨てることはなかったわけで、普通の人は認識したってブログの記事にはしないし、家族との会話にも出さないのであろう。

そのプルトップは30年以上もの長い間、東京都渋谷区のその場にあって、何千回も踏まれ、何万回も認識はされるけど、だれも拾って金属ゴミのゴミ箱には入れなかった。

なんかロマンティックじゃないですか?

 

 


昭和の常識

 

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